大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

秋田地方裁判所 平成7年(ワ)292号 判決 1996年5月21日

主文

一  原告が別紙一供託金目録記載の供託金の還付請求権について取立権を有することを確認する。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

第一 請求

主文と同旨

第二 事案の概要

一 基礎となる事実(当事者間に争いがないか、又は末尾掲記の証拠によって認められる。)

1 原告(所管行政庁・仙台国税局長)は、小西茂雄(以下「小西」という。)に対し、別紙二国税債権目録記載の租税債権を有している。(甲第一)

2 原告は、右租税債権を徴収するため、平成元年五月二五日、小西が社会保険診療報酬支払基金(以下「支払基金」という。)に対して有する平成元年七月一日から平成二年六月三〇日までに支払期が到来する診療報酬債権(以下「本件債権部分」という。)を差し押さえ、右通知書は、右同日、支払基金に到達した。

3 右2に先立って、小西は、昭和五七年一一月一六日、被告に対し、小西が支払基金に対して有する昭和五七年一二月から平成三年二月までの八年三か月にわたる将来の診療報酬債権を譲渡し(以下「本件債権譲渡」という。)、その通知は同年一一月二四日、第三債権者たる支払基金に到達した。

4 支払基金は、本件債権譲渡の有効性について疑義があり、債権者を確知できないこと、また、本件債権部分が小西に帰属することを前提とする滞納処分による差押えがあったことを理由にして、原告の差押えに係る別紙一供託金目録記載の供託金合計五一九万六〇〇九円を、被供託者を小西又は被告として、秋田地方法務局能代支局に供託した(以下「本件供託金」という。)。

5 原告は、本件供託金の還付請求権を平成元年一〇月四日から平成二年八月二日にかけてそれぞれ差し押さえ、その各通知書は秋田地方法務局能代支局供託官に平成元年一〇月五日から平成二年八月三日にかけてそれぞれ送達された。(甲第四の一ないし二一)

二 争点及び当事者の主張

小西が支払基金に対して有する診療報酬債権の譲渡の効力であり、この点に関する当事者の主張は次のとおりである。

1 原告

将来の診療報酬債権については、それほど将来のものでなければ有効であるが(最高裁第二小法廷昭和五三年一二月一五日判決、以下「本件最高裁判決」という。)、譲渡の日から一年を超える債権は、債権発生の蓋然性に乏しいから、その譲渡の効力は否定されるべきである。

したがって、本件債権についても一年を超える分については無効と解すべきであり、少なくとも、被告は、本件債権部分を差し押さえている原告に対し、本件債権譲渡の効力をもって対抗することはできない。

2 被告

本件最高裁判決は、それほど将来のものでなければ有効であると判示したにすぎず、一年を超える分について無効であると判示したわけではない。現在すでに債権発生の原因が確定し、その発生を確実に予測しうるものであれば、始期と終期を特定してその権利の範囲を確定すれば足りるのであって、画一的に一年に限る理由はない。

また、将来の診療報酬債権の譲渡は、契約の自由の原則の範囲内の合意であって、「それほど将来のものでなければ」という文言にこだわることなく、始期と終期を特定してその権利の範囲を確定すれば、一年間に限らず譲渡の効力を認めるべきである。

第三 争点に対する判断

一 現行医療制度のもとでは、診療担当者である医師の支払担当機関に対する診療報酬債権は、毎月一定期日に一か月分ずつ一括して支払がされるものであり、その月々の支払額は、医師が通常の診療業務を継続している限り、一定額以上の安定したものであることが期待されるものである。したがって、右債権は、将来生じるものであっても、それほど遠い将来のものでなければ、特段の事情のない限り、現在すでに債権発生の原因が確定し、その発生を確実に予測しうるものであるから、始期と終期を特定してその権利の範囲を確定することによって、これを有効に譲渡できると解するのが相当である。

右によれば、将来の診療報酬債権の譲渡は、その債権の発生が一定額以上の安定したものであることが確実に期待されるそれほど遠い将来のものではない診療報酬債権を目的とする限りで有効である。

二 ところで、将来の診療報酬債権については、個々の患者の診療によって、その対価として初めて発生するものであるから、右にいう将来の診療報酬債権の発生が安定したものであることが確実に期待されるというのは、現在及び将来にわたって、債権発生の原因となる診療行為が継続して行なわれる蓋然性がある場合に限られる。ところが、健康保険医が勤務医となったり、医師の病気等により診療行為が行なわれなかったり、医師や医療機関といえども、医師及び医療機関の増加による競争、高額な医療設備の購入、人件費の高騰、経営能力の乏しさ等によって経営が悪化、あるいは破綻して倒産することもありうるのであって(もっとも、今日では、医師が経済的に破綻する場合は、医業以外の投資や副業の失敗の例もみられ、必ずしも経営の破綻に限られない。)、債権譲渡の時点で、すでに右のようなことが予測される場合には、右債権の発生が一定額以上の安定したものであることが確実に期待されるということはできないから、前記特段の事情にあたる場合として、その診療報酬債権の譲渡は無効であり、また、債権譲渡の時点で右のようなことが予測されない場合であったとしても、譲渡の目的とされた診療報酬債権が長期にわたるものであれば、債権発生の確実性に対する不安定要因は増大するといわなければならない。のみならず、将来の診療報酬債権の譲渡は、担保(債権回収)目的で行なわれることが多く、診療報酬債権は医師又は診療機関にとって最大の収入源であるから、医師又は診療機関が将来の診療報酬債権を譲渡したときには、その経営資金が短期間のうちに逼迫することも予想され、この点からみても、将来の診療報酬債権は、これが長期のものであれば、その発生が確実なものとは認めがたくなる性質のものというべきである。

したがって、有効とされる将来の診療報酬債権の譲渡の範囲が、それほど遠い将来のものではない診療報酬債権に限定されるのは、遠い将来のものであれば債権発生の基礎が不確実になるという理由に基づくものであるから、その範囲は、画一的に一年とか年限を区切って定められるべきことではなく、債権の発生が一定額以上の安定したものであることが確実に期待されるかについて、具体的な事案に応じて個別具体的に判断されるべきものである。

もっとも、現実に将来の診療報酬債権の譲渡が行なわれる場合をみると、医師又は診療機関が社会において経済的信用が高く評価される存在でありながら、将来の診療報酬債権までをも譲渡しようとし、他方、債権者が右債権の譲渡を求めるのは、債権譲渡の時点で既に医師又は診療機関の経済的信用がかなり悪化したことによるものと考えられ、数年後の診療報酬債権の譲渡の効力は、一般的には否定されるべきである(なお、民事執行の実務上、将来の診療報酬債権の差押えの対象が将来一年分のものに限定されるのも、差押えがなされるような場合には債務者の信用悪化が顕著であって、診療報酬債権の発生が確実であると認められるのはせいぜい将来の一年分である、との理由に基づくものと思料される。)。

三 本件においても、小西は、医師であり、小西診療所を経営していたこと、小西は、被告に対し、昭和五七年一二月から平成三年二月までの八年三か月にわたる将来の診療報酬債権を譲渡したが、右債権譲渡は担保(債権回収)目的のものであることが認められる(弁論の全趣旨)。そうすると、小西が将来の診療報酬債権を被告に譲渡したのは、不動産等の担保として確実なものがなかったか、仮にあったとしても担保として余剰がなかったためであり、右譲渡の時点で、小西は、既にその経済的信用が悪化し、一方、被告も小西の経済的信用の悪化を認識していたものと推認することができる。その後、実際にも、小西は、昭和五九年六月以降、源泉徴収税、所得税すらも滞納するようになり、現在、別紙二国税債権目録記載のとおりの国税債権を滞納している。

右事実及び前記二で判示したところに照らせば、少なくとも、本件債権譲渡の日から六年七か月も経過した後のものである本件債権部分は、本件債権譲渡の時点で、債権発生が安定したものであることが確実に期待されるものであったとは到底いいえないから、本件債権部分について譲渡の効力を認めることはできない。

被告は、本件債権譲渡は契約の自由の原則の範囲内の合意であるから、「それほど将来のものでなければ」という文言にこだわることなく、始期と終期を特定してその権利の範囲を確定しさえすれば一年間に限らず譲渡の効力を認めるべきであると主張する。しかしながら、債権は一般に譲渡性を有するのが原則であるが、これまで判示したとおり、将来の診療報酬債権は、その債権の性質上その譲渡性が制約されるものであるから、契約の自由の原則をいうだけでは、前記判断を覆す根拠とはなり得ず、また、被告の右主張は、本件最高裁判決にも明らかに反する独自の見解にすぎない。そうすると、小西の被告に対する本件債権部分の譲渡は無効と解するのが相当であり、本件債権部分が小西に帰属するとしてされた原告の差押えは有効なものである。

したがって、原告は、本件供託金の還付請求権について取立権を有するものと認められる。

四 以上によれば、原告の請求は理由がある。

別紙一

供託金目録

一 供託所 秋田地方法務局能代支局

供託年月日 平成元年七月二五日

供託番号 平成元年度金第八四号

供託金額 金四五万八七八一円

供託原因 債権者不確知

供託者 東京都港区新橋二丁目一番三号

社会保険診療報酬支払基金

被供託者 秋田県山本郡二ツ井町荷上場字鍋良子出口五三番地

小西茂雄

または 東京都千代田区丸の内一丁目一一番一号

興銀リース株式会社

二 供託所 秋田地方法務局能代支局

供託年月日 平成元年八月二八日

供託番号 平成元年度金第一一四号

供託金額 金五六万三二八〇円

供託原因 債権者不確知

供託者 東京都港区新橋二丁目一番三号

社会保険診療報酬支払基金

被供託者 秋田県山本郡二ツ井町荷上場字鍋良子出口五三番地

小西茂雄

または 東京都千代田区丸の内一丁目一一番一号

興銀リース株式会社

三 供託所 秋田地方法務局能代支局

供託年月日 平成元年九月二八日

供託番号 平成元年度金第一三八号

供託金額 金五九万八三四八円

供託原因 債権者不確知

供託者 東京都港区新橋二丁目一番三号

社会保険診療報酬支払基金

被供託者 秋田県山本郡二ツ井町荷上場字鍋良子出口五三番地

小西茂雄

または 東京都千代田区丸の内一丁目一一番一号

興銀リース株式会社

四 供託所 秋田地方法務局能代支局

供託年月日 平成元年一〇月二六日

供託番号 平成元年度金第一五九号

供託金額 金三九万八六七五円

供託原因 債権者不確知

供託者 東京都港区新橋二丁目一番三号

社会保険診療報酬支払基金

被供託者 秋田県山本郡二ツ井町荷上場字鍋良子出口五三番地

小西茂雄

または 東京都千代田区丸の内一丁目一一番一号

興銀リース株式会社

五 供託所 秋田地方法務局能代支局

供託年月日 平成元年一一月二八日

供託番号 平成元年度金第一八八号

供託金額 金五六万一一九〇円

供託原因 債権者不確知

供託者 東京都港区新橋二丁目一番三号

社会保険診療報酬支払基金

被供託者 秋田県山本郡二ツ井町荷上場字鍋良子出口五三番地

小西茂雄

または 東京都千代田区丸の内一丁目一一番一号

興銀リース株式会社

六 供託所 秋田地方法務局能代支局

供託年月日 平成元年一二月二六日

供託番号 平成元年度金第二二四号

供託金額 金四〇万〇一一七円

供託原因 債権者不確知

供託者 東京都港区新橋二丁目一番三号

社会保険診療報酬支払基金

被供託者 秋田県山本郡二ツ井町荷上場字鍋良子出口五三番地

小西茂雄

または 東京都千代田区丸の内一丁目一一番一号

興銀リース株式会社

七 供託所 秋田地方法務局能代支局

供託年月日 平成二年一月三〇日

供託番号 平成元年度金第二五七号

供託金額 金四二万九〇〇四円

供託原因 債権者不確知

供託者 東京都港区新橋二丁目一番三号

社会保険診療報酬支払基金

被供託者 秋田県山本郡二ツ井町荷上場字鍋良子出口五三番地

小西茂雄

または 東京都千代田区丸の内一丁目一一番一号

興銀リース株式会社

八 供託所 秋田地方法務局能代支局

供託年月日 平成二年二月二七日

供託番号 平成元年度金第二七三号

供託金額 金三六万一九九〇円

供託原因 債権者不確知

供託者 東京都港区新橋二丁目一番三号

社会保険診療報酬支払基金

被供託者 秋田県山本郡二ツ井町荷上場字鍋良子出口五三番地

小西茂雄

または 東京都千代田区丸の内一丁目一一番一号

興銀リース株式会社

九 供託所 秋田地方法務局能代支局

供託年月日 平成二年三月二七日

供託番号 平成元年度金第三〇三号

供託金額 金四三万九七四九円

供託原因 債権者不確知

供託者 東京都港区新橋二丁目一番三号

社会保険診療報酬支払基金

被供託者 秋田県山本郡二ツ井町荷上場字鍋良子出口五三番地

小西茂雄

または 東京都千代田区丸の内一丁目一一番一号

興銀リース株式会社

一〇 供託所 秋田地方法務局能代支局

供託年月日 平成二年四月二五日

供託番号 平成二年度金第二四号

供託金額 金四二万一〇五〇円

供託原因 債権者不確知

供託者 東京都港区新橋二丁目一番三号

社会保険診療報酬支払基金

被供託者 秋田県山本郡二ツ井町荷上場字鍋良子出口五三番地

小西茂雄

または 東京都千代田区丸の内一丁目一一番一号

興銀リース株式会社

一一 供託所 秋田地方法務局能代支局

供託年月日 平成二年六月二七日

供託番号 平成二年度金第六〇号

供託金額 金五六万三八二五円

供託原因 債権者不確知

供託者 東京都港区新橋二丁目一番三号

社会保険診療報酬支払基金

被供託者 秋田県山本郡二ツ井町荷上場字鍋良子出口五三番地

小西茂雄

または 東京都千代田区丸の内一丁目一一番一号

興銀リース株式会社

別紙二

国税債権目録

滞納者 秋田県山本郡二ツ井町五千刈一番地一 小西茂雄

<省略>

<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例